第三十八段 いどむ

友達が二週間ほど旅行に行くので、犬を預かった。
ミニチュアダックスフンド、名前はミント。
この子を預かるのは初めてではない。
前の年の夏にも、ミント母がハワイへスキューバインストラクターライセンスを取りに行くため、 1ヶ月ほど預かっている。
が、そのときはまだ、梅蔵はこの世に影も形もなかったので、 今回がお互い、ミントは鳥に、梅蔵は犬に、初対面になる。

どの犬もそうだが、 初めて鳥に遭遇する犬は、 埋もれていた本能が刺激されるらしく、 とても興奮する。
だが、犬は、「言えば分かってくれる」ので、 興奮しつつもちゃんと距離を置き、 おいたをするような子はいない。
(もちろん目は離さないし、必要に応じてちゃんと隔離している。)

問題は、梅蔵。
ミントがうちにきたばかりのころは、 聞いたことのない犬の声が怖かったらしく、 さすがにワタシに張り付いてふるえていたのだが、 日を追うごとに「こいつは大丈夫かも?」と学習していき、 ついには犬に戦いを挑むようになってしまったのだ。

どのように挑発するかって、 自分の体重の三倍はありそうな、 ミントの大事な骨ガムをくわえて飛んでいってしまったり、 ミントの口めがけて飛び込んでいったりするのだ。
どんなに言い含められたおりこうな犬でも、 口の中に鳥が入ってきたら本能的に「ぱくんっ」ってしてしまう。
それをすり抜けて遊ぶのだ。
鳥飼いでなくても肝が冷える。
というか、そんなことを「遊び」でする生き物がいて、いいのか?

幸いというかなんというか、 戦いを挑み始めた日にミント預かりの期限が終わり、 犬は帰って行った。
梅蔵の方も、さすがに若気の至りだったのか、 その後他の犬と同席しても、 ケンカを売るようなことは、もうない。
「自分は強い」と天狗になるお年頃に、 自分以外の生き物がやってきて、 こいつは自分より弱い、と判断したんだろう。

負けてくれてるとも知らずに。